ブローグ横丁

2014年11月13日 穴子ブルース

栄枯盛衰や有為転変が
世の習いなのは重々承知して入るけれど
それを目の当たりにするとやはり寂しく哀しい。

先日老舗の寿司屋がひっそりと暖簾を下ろした。

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馴染みにしていた店だった。
初めて足を運んだのは社会人なりたての頃。
もちろん寿司を食う金銭的余裕などなかった時代だから
上司か誰かの奢りだったのだろう。
「寿司」を「カウンター」で「嗜む」という
非日常の三連発にえらく舞い上がってしまった記憶がある。

それから四半世紀、その寿司屋に通った。
一人で。友人と。社員らと。
田舎から出てきた母親を連れて行ったこともあった。
気風のいい大将が握る寿司はネタが大ぶりで実に旨かった。
極めつけは穴子だ。
香ばしい穴子にひと塗りする甘ダレの味わいが絶妙で、
社員や母親がうまいうまいと云ってくれるのも、なんだか嬉しかった。

その穴子に、赤身、ヒラメ、鯖。
自分が注文するのは毎度毎度同じネタだった。
そのオーダーを大将は「毎度毎度、変わんないねぇ」と、
毎度毎度の半笑い顔を浮かべながら、手早く応じてくれた。
酒もよく呑んだ。
冷酒のラベルには店の名前を印刷してあった。
「中味は千歳鶴だけどな」
大将が照れながら言い訳したこともあった。

暇な時は二人で新聞を回し読みしながら
週末の競馬の予想をした。
大将の予想が当たることはほとんどなかったけれど
騎手をまるで旧知の友のように名指しする粋な口ぶりや
人柄そのままの潔い買い目が心地よくて、
握りの手が止まるのを見計らっては
「今週のメイン、なに買うの」と、
カウンター越しに切り出したりした。
ただ大将の奥さんがいるときは、競馬の話はご法度だった。
「先週もしこたまやられちゃってさ」
奥さんの方を盗み見しながら
ペロリと舌を出す仕草が何とも微笑ましかった。


ただの酒場といえばそれまでだ。
時間がたてば大将の記憶も薄れるのだろう。
でも今は、
しばらくの間は、
かけがえのない安息の在処を失った
飲兵衛のセンチメンタルを噛み締めようかと、思ったりするのだ。

...わーん。

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